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zoom RSS 紀伊田辺 「三英傑」の旅

<<   作成日時 : 2012/05/06 00:46   >>

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GWに人の群れに混じって行動するほど嫌なものはない。
というわけで、大阪から特急「くろしお」に乗って紀伊半島の田辺に行ってみた。
人生初の和歌山県だ。

ところが、5月3日の「くろしお」は、乗車率200%という混み方でTVニュースにまで出ている。
(さいわい、自由席はガラガラだった)

紀伊半島には、温泉が出て、水族館があり、パンダのいる動物園まである。
つまり、特急「くろしお」は、東京と伊豆半島を結ぶ特急「踊り子」のようなものなのだ。

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しかし、田辺は白浜・勝浦に向かう中途にある。
鄙びた町で、そんな派手な観光名物はない。
重要な観光資源といえば、世界遺産「熊野古道」へ出発するバスのターミナルぐらいか?

そこで登場するのが「田辺三英傑」だ。

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その三人とは、 南方熊楠(博物学者・民俗学者) 植芝盛平(合気道創始者) 、そして 武蔵坊弁慶 (?)である。

(分野も時代もかなりバラバラだな)

弁慶の出身地というのは、伝説も相まってかなりご愛敬だ。

植芝翁は確かに田辺の出身だが、一族は残っておらず、合気道の中心は東京に移った。
地元の人によると、「植芝さんには、それほど親しみは湧かない」とのこと。

これは都会で成功した人の宿命であろう。

というわけで、私の興味は南方熊楠。

南方熊楠といえば、日本の生んだ「知の巨人」だ。
慶応(江戸時代)生まれながら、Nature だけで60本以上の論文を残した。

しかし、長い留学(遊学)時代も学位を取らず、論文の多くも英語であるため、当時は地元民に理解されにくかった。


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現在は、立派な 顕彰館 建設、熊楠邸復元などを通して、地元の偉人として馴染んでいるようだ。

帰国後の熊楠は日本政府による神社合祀に反対したことで知られる。

そのおかげで、田辺には合祀されなかった神社がいくつか残っている。

田辺の神社は巨大なものではないが、樹齢数百年の巨木が残り、格式の高さを感じさせる立派なものが多い。
神社というものが、土地の神・森の神に発するということを再認識させる。

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蟻通神社 () と闘鶏神社 () の楠は圧巻。

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敢えて言わせてもらうなら、観光地化された京都にこれほどのものはなかなか見あたらない。

なお、前述の植芝翁も合祀反対運動を通して、一時的に熊楠と親交があったらしい。
(少し見直したぞ)

最後に田辺郊外にある 高山寺 に行ってみた。

京都にある同名の寺と紛らわしいが、ここには熊楠の墓がある。

無駄に立派なウェブサイトのある京都の高山寺と異なり、ここには自前の HP もない。

しかし、弘法大師が創建したという由緒正しい寺院だ。

この田辺 高山寺は湾を見下ろす高台にあり、これまでに見たどの寺にも引けを取らないほど美しい。

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観光客がほとんどいないのも望ましい。

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熊楠の墓は一般の墓と変わらず、意外なほど小さかった。
立て札がなければ見つからなかっただろう。

その墓地の一角には巨大なモニュメントが建っていた。

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それこそ…植芝盛平の墓であった。

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