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zoom RSS 犬食と鯨食のどちらが罪か?

<<   作成日時 : 2015/12/11 23:50   >>

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中国の一部には 犬肉祭 というのがあって、かなり物議を醸している。

「机の脚以外は食べる」中国人が犬や猫を食べることに驚きはしない。

愉快ではないが、西洋反捕鯨派は鯨漁と犬食を同レベルで見ているはずだ。

しかし、犬の肉を食べる習慣が無い日本人の多くが「犬を食わないでくれ」と思うだろう。


地元を取材すると「日本人は鯨を食べるんだから犬食を批判しないでよ」と言うらしい。

さらに、「伝統文化なんだから他国人を攻撃するな」とも言う。

これらはある意味正論であり、鯨漁を批判された日本人が良く言うセリフでもある。

いつの間にか「鯨漁への批判=日本人への批判」と考え感情的になりがちだが、他民族も同じらしい。

しかし、国際捕鯨委員会に日本政府代表が派遣されるのでそう感じるだけではないか?

鯨漁は日本全体としてみれば、限られた土地のマイナーな文化である。

(中韓の犬食も同様)


それに「伝統文化」というからには、古い歴史を持っていることが必須であろう。

しかし、現代の捕鯨は「伝統文化」といえるのか?

もともと鯨漁は小舟に立った男が銛一本で立ち向かう命がけの勝負。

それでも貧しい漁村では、家族のため危険を顧みず漁に向かったのだろう。

現代のように、探知機やGPSで群れを探して機械制御の銛を打ち込み電気ショックをかけるのとはわけが違う。

ハイテクを駆使した鯨漁は、どう考えても伝統文化とはいえないだろう。


「漁ではなく鯨を食べるのが文化」というかも知れない。

しかし、給食でかつて定番だった「鯨カツ・竜田揚げ」 は、いわば戦後食糧難時代の名残で食肉の代用。

料理法が洗練されているとはいえず、現場では歓迎されてはいなかった。

(固い鯨の揚げものは私も好きではなかった)


クジラ漁で有名な太地町のドキュメンタリー(悪意があるものではない)を観たが、目新しい料理法はなかった。

なにか一部日本人は「伝統文化」の美名のもと、意地のように捕鯨・鯨食を続けている気もする。


太地町では捕鯨継続の一方で くじらの博物館 も経営している。

可愛いイルカ(小型クジラ)と遊ぶことと鯨食は矛盾しないのか?

複雑な心理のようだが、 羊ヶ丘展望台 で羊を愛でた後ジンギスカンを食べるのは札幌観光の定番。

おそらく鯨や羊という「大型ほ乳類を解体し肉にする」ということが庶民にはピンとこないのだ。


一点だけ犬や羊と違うのは、鯨は野生生物だということだ。

絶滅の心配が無かったとしても、食べるために殖やされた家畜ではないことは留意すべきだろう。


また、鯨は高等な動物だから殺すのは残酷とよく言われる。

しかし、血の滴るステーキを平らげる西洋人が甲殻類の ロブスター料理 を残酷と感じることもある。

どうもここらへんの感覚は民族間格差が大きい。


自分が他人を野蛮呼ばわりするのは、とりあえずベジタリアンになってからと決めている。


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