『よみがえる黄金文明展』

サブタイトルは 『ブルガリアに眠る古代トラキアの秘宝』 とある。

トラキア人とは、現在の黒海から西、現在のブルガリアを中心とした地域にいた人々だ。名前は古くから知られていたが、その実像には未だに謎が多い。近年墳墓の発掘が進んだ結果、トラキアの文明は全世界で注目を集めるに至っている。

2004年にヴァルナ墳墓というところから出土した黄金細工は紀元前5000年紀、日本では縄文時代のものだ。基本的には石器文化とはいえ、6500年前に金の加工技術を持っていたことは驚異に値する。単に金の加工というだけでなく、文明そのもの古さが古代エジプトやメソポタミア文明をはるかに遡る。

教科書を中心とした古代史では、どうしてもオリエント・地中海世界中心になってしまうが、ヨーロッパ内陸に古代文明があったとは驚きだった。

ただしトラキアの各部族は分散しており、エジプトやメソポタミアの王朝のような大帝国を築かなかった。したがって、後世への大きな影響力という意味での”文明”という言葉がふさわしいかは疑問が残る。ここらへんは中米のマヤ文明に少し似ている。

もし巨大帝国の痕跡が発見されたら、それこそ”古代四大文明”が”五大文明”となって教科書の書き換えが必要だろう。

現在も発掘が続いているため、ここらへんは微妙な問題だ。
展示でも若干歯切れが悪く、さらりと触れている。

現実には、その後のトラキア文明は古代ギリシャやローマに緩やかに取り込まれていった。
勇猛な傭兵として戦い、ギリシャ神話の世界ではトロイア戦争にも従軍したそうだ。
紀元前500年ごろのギリシャ人にとって、トラキア人はすでに身近な存在だったのだろう。

今回呼び物である「黄金マスク」も有名なアガメムノン(トロイア戦争の大将)の黄金マスクにそっくりだ。こうしたものはトラキアから発掘されたとはいえ、紀元前5-3世紀と古代ギリシャの最盛期に一致する。ということは、現地の産物ではなく、ギリシャから持ち込まれたものかもしれない。
その他の黄金関係の大部分がこの時代のものだ。
そして多くの展示物にギリシャ文字がはっきりと刻まれている。

古代ギリシャ文化の本質は金ピカの細工物ではなく、文字を駆使し生き生きとした文学表現にある。それらに登場する数々の神々も様々な民族起源のものがあり、酒の神デュオニソスや竪琴で有名なオルフェウスがトラキア起源だそうだ。それぞれ快楽、死と再生を象徴するもので、地中海文明人から見た「蛮人トラキア」というイメージの具現化なのかもしれない。

好戦的で死を恐れず死後の再生を願うこと、文字を持たず金細工を残したこと、などトラキア人はケルト民族-ガリア人とも共通する。彼らも大帝国を築かず、ローマ帝国によってヨーロッパ辺境に追いやられ、あるいは同化していった。地続きのヨーロッパのことゆえ、ローマ人と戦ったガリア人の中にはトラキア人の残党がいたかもしれない。

とにかく、”トラキア文明の発掘”は考古学分野で、今後の研究成果が素人にも楽しみなものの一つとなりそうだ。

会場の 北海道立近代美術館 は日曜日とはいえ比較的空いていた。
これが東京なら、黄金マスクの前に人だかりがして長時間見ることは無理だったろう。

豪奢な黄金マスクが人気かと思いきや、繊細な髪飾りやネックレスの方に興味を覚えた人が多いようだ。それ以上に興味深いのが、メスやピンセットのようなものがセットになった”外科手術道具一式”だ。2-3世紀とあるのでローマ時代のものだが、デザインだけ見ると、現在の精密機器のようだった。材質も金ではなく銀だ。かつては死をも恐れなかったトラキア人が地中海文明に触れて、このような機能美に溢れたものを作り出したのだろうか?

この展示はこれから全国を巡回する。

一見の価値ありだ。



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