お奨めミステリー小説 (288) 『お蝶ごろし』 多島斗志之

この短編小説は歴史的事実に基づいて書かれている。しかし第三者が細部までは知り得ない内容まで、ドキュメンタリータッチで描かれている。まさに“見てきたような嘘”であり、作者の力量が分かるだろう。

小説や時代劇でおなじみの‘清水の次郎長’は街道に巣くうヤクザであったわけだが、確かに周囲の信望は厚かったようだ。開明的な人物で明治維新後はいち早く英語塾を経営していたというから驚く。

とはいえヤクザはヤクザで、縄張り争いなどで多くの人間の命を奪ったのも確か。作中にも出てくるが、待ち伏せやだまし討ちが中心で、伝統的な武士道とはかけ離れている。当時の清水では、そんな連中が十手を持たされて治安維持に当たっていた。いわば混沌の時代の警察と消防署を兼ねていたのである。

それにしても、本作に描かれたお蝶の死の“真実”はどこまでが本当なのだろうか?
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[あらすじ]

明治二年、維新後間もない清水(現在の静岡市)の港には徳川家の旧幕臣とその家族が多く流れ着いていた。新政府に睨まれて行く先もままならないが、駿府に謹慎を命じられた前将軍の慶喜を頼って集まってきたのである。

そんなプライドだけは高い“お侍さん”たちの世話をする中に‘清水の次郎長’こと山本長五郎の一家があった。次郎長はかつて街道を仕切るヤクザだったが、今や地元の顔役として十手を預かる身だ。折しも職にありつけない幕臣の一部が強盗化しており、次郎長一家は対応に追われていた。

次郎長の三人目の妻は夫より20歳も若いお蝶だ。元々はお綱といい江戸深川の芸妓だったが、駿府に流れてきたのを次郎長に見初められた。二番目の妻であるお蝶が忘れられない次郎長はお綱を“二代目お蝶”としたのだ。

ある日、お蝶は「お前、お綱であろう」と声をかけられた。昔の名を呼ぶ侍は木暮半次郎といい、深川時代の客だった。半次郎は慶喜の親衛隊である精鋭隊のメンバーだったが、今は食いつめ浪人のような生活をしている。半次郎は深川時代のお綱の恋人新之助の所在を知っているらしい。次郎長一家の“姉さん”として気丈に振る舞ってはいても、ときおり虚しい気持ちになることもあるお蝶は新之助に会ってみたくてたまらなくなる。


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多島 斗志之


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