お奨めミステリー小説 (290) 『哲学者の密室』 笠井潔

笠井潔を語る上で本作を避けては通れない。
強固な密室殺人を描きながら密室そのものを哲学的に論じた代表作である。
そして20世紀ミステリー史上の金字塔の一つともいわれる。

本作は夢野久作『ドグラ・マグラ』、小栗虫太郎『黒死館殺人事件』などに並ぶ大作だが、物語の構造、過去の部分は独立しても読める点などはドイルの『恐怖の谷』を思わせる。第二次大戦中の収容所という素材といい、あまりに独創的な前二者に比べると古典的ですらある。

本作の最も独創的な部分は密室殺人を“特権的な死の封じ込め”と論じた部分だろうか。
笠井は世界戦争のような状況では個々の死があまりに省みられないため、戦後になって「特権的な死」を扱うミステリーが花開いたと論じていた。この点、少し疑問に思われるが、本作では密室の中の死を最も特権的な死として扱い、一種の棺であるとした点には共感を覚える。

一方で、山村美紗『花の棺』 では、犯人が密室にした理由を哲学的ではないものの心理学的に論じている。
山村は“評論家”笠井とは対極の商業的量産作家であることを考えると意外な気もする。

笠井の他の作品同様、本作も一回目より二回目の読了後がはるかに充実感が味わえるが、哲学の議論の底の浅さにも気づかされる。本書でハイデッガー哲学を学んだ気になってはいけない。漫画『ゴルゴ13』で世界情勢を知った気になるのと同じくらい滑稽である。ハイデッガー哲学は最大限の効果を発揮する味付けだと思って読むべし。

それほどまでに本書は“読書する楽しみ”を与えてくれる作品である。

滑稽といえばヒロイン、ナディアが連発する推理は相変わらず道化的だが、一服の清涼剤(?)となっている。
こうしたお約束ともいえる寅さん的部分は本書がエンターテイメントであることを気づかせてくれるだろう。

総合的にみれば海外に翻訳して輸出する価値がある傑作と信じたい。

マンガやアニメだけでなく、ミステリー小説は日本の偉大なるサブカルチャーなのだ。

さて凡人であるナディアの独白で閉じる本書はその美しいラストシーンゆえに、借りて読んだ後、購入したという人がいたが、私も同様であった。のみならず、私はその一部を引用したことすらある。生涯最も影響を受けたミステリー小説なのは間違いない。
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[あらすじ]

フランスでも有数のユダヤ系財産家フランソワ・ダッソー邸、通称「森屋敷」で殺人事件が起こる。
殺されたのはボリビア人旅行者ルイス・ロンカルだが、後頭部を床にぶつけた上に背中に刺し傷がある。

直接の死因がはっきりせず、“曖昧な死”という謎が残される。

被害者がいた部屋は外側から施錠されており、部屋は当主とその知人によって、階下は使用人によって部屋につながる階段が監視されていた。 さらに屋敷自体に厳重な戸締りがなされているため、三重密室という状況だった。

ダッソーは収容所の生き残りで、戦後の“ナチス狩り”にも協力していた。
ロンカルは亡命したドイツ人らしくナチスの有力者だった可能性がある。

だからといって、ダッソーは自分の屋敷で殺害する気まではなく慌てる。

事件当時ダッソー邸にいたユダヤ人たちが、第二次大戦中にコフカ収容所の囚人だったという過去が明らかになる。

そして物語は30年前に遡る。
当時、絶滅収容所と怖れられたコフカには所長の愛人として家を与えられた一人の美しいユダヤ人の女がいた。
彼女は息子の延命を条件に愛人の地位に甘んじていた。

彼女は謎の死を遂げるが、それは三重の強固な密室で自殺としか思えない状況だった。
しかし凶器が現場にないれっきとした殺人事件でもあったのだ。

哲学者探偵カケルは死の哲学と密室殺人の関連を解き明かしていく。

コフカ収容所で何が起こったのか?

二つの三重密室殺人事件は時空を越えてどう結びつくのか?


哲学者の密室 (創元推理文庫)
東京創元社
笠井 潔


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