お奨めミステリー小説 (291) 『ハルモニア』 篠田節子

本人がどう思っていようが、これは篠田節子の代表作である。
限られた登場人物で長い物語を持たせる筆力は相当なものだ。
しかも、その多くがチェロのレッスンシーンなのだ。

本作は芸術論や倫理学、音楽の商業主義など様々な問題を包含する。

特に主人公である東野が直面する「凡人として長く生きるか? それとも天才として生命を燃え尽きるか?」という問いは芸術家を志す者にとっては実に根源的だ。まあ、そんなことを真剣に考えるのは凡人に決まっているのだが。

作中に述べられているように天才は気まぐれだ。

しかし本作中の由希が他の天才と違うのは自分の進む道に対して意志を持たないところだ。
意志を持たない天才の進む道を誰に決められるというのか?

また芸術の成功者とは何かを問われたとき、どう考えれば良いのだろう?

スポーツや学問の世界では勝ち負けの判定は比較的容易だが、演奏家が成功者として認定されるにはCDが売れるか有名オーケストラと共演しなければいけないのか?

音楽が商業化されている現在、マスコミを通じて宣伝し売っていくには、なによりも容姿が問われる。
これが著しいのがクラシック業界だ。

作中で述べられているように、実力派演奏家でも自分でコンサートのチケットを買い取り、やっとの事で開催可能なのだ。クラシック音楽ファンのほとんどが海外ブランドに頼るミーハーなのだから。

もっとも、“芸術は娯楽”という側面もあるので、容姿や話題性を一概に否定はできないのだが。

本作には音楽業界も含め、いわゆる“悪役”は登場しないが、事態は悲劇に向かって確実に進む。
そしてラストシーンはル・グインの『闇の左手』に並ぶ視覚的印象を残す。
作者的には魂の救済を思わせる光明を見せたつもりかも知れない。

確かなのは、読了後にバッハの無伴奏チェロ組曲が聴きたくなる。
特に第6番を。
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[あらすじ]

チェリスト東野は地方オーケストラのメンバーで、地元甲府で弟子を教えることでなんとか食べている。
学生時代は優秀な方だったが、天才ではない自らの限界も嫌というほど知っていた。

東野は富士見高原にある精神障害者のための社会復帰施設から呼び出された。
極度の自閉症である由希という女性にチェロを教えてほしいという依頼だ。
臨床心理士の深谷によると、由希は超感覚的な能力を持つという。
一方で周りの人間とのコミュニケーションを拒否し、自らの単調な生活パターンの繰り返しを貫いている。

少女のようでいて実は28歳だという由希は驚くべき能力を見せた。専門的な音楽教育は受けていないにも関わらず、絶対音感を持ち一度聴いた音楽を自らのチェロで再生してしまうのだ。

しかも由希は安いチェロの音色に嫌悪感を示す一方で名器の音を聴き分けるのだった。
東野は努力型の自分には無い才能を示す由希に嫉妬すら覚えながらレッスンの熱中する。

“知的障害者の再生”という“美談”に飛びついたマスコミや音楽業界は由希を追い回し始める。
まだ音楽の完成度は低い段階にもかかわらずコンサートを持ちかけてくる。

おりしも世界的な女性チェリスト、ネルソンがスキャンダラスな死に方をしたため、由希を彼女の“生まれ変わり”と持ち上げる。薦められるままにネルソンの演奏するCDを聴いた由希は影響を受けてネルソンの弾き方を真似をするようになってしまった。

東野は人真似ではなく由希自身の音があるはずという信念で、ネルソンの影響を排除しようとますます指導に熱を入れる。しかし深谷たちは東野がチェロの指導で芸術的な側面ばかりを強調すると否定的だ。むしろチェロとの触れあいを通して由希の精神が安定し、普通の生活を営めるようになったことが大きいというのだ。

由希と心を通わせる東野は自分がかつて挫折した世界的な音楽家への夢を由希に託すようになる。そのためには自分ではもう由希に教えるのは無理と判断し、自分の師である日本を代表するチェリスト山岡に由希を預ける決心をする。しかし由希を施設から連れ出すのは危険な賭けでもあった。しかも由希は音楽以外に不思議な能力を見せるようになる。


ハルモニア (文春文庫)
文藝春秋
篠田 節子


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