お奨めミステリー小説 (296) 『蒼火』 北重人

人を斬った者は蒼い火を背負っているという。そしてその蒼い火を見ることができるのもやはり人を斬った人間だけである。こうした幻想的な設定のもと、対照的な二人の剣客を描く時代劇。

時代物といえば池波正太郎ぐらいしか読まない私だが、本作には感銘を受けた。

浪人、周ノ介を主人公とするシリーズもののようだが、予定調和的な終わり方はせず、最後の対決も緊張感に溢れている。周ノ介はかつて人を斬ったことにいつも苦しめられている。人を斬ることは自分の心を切ることと知った周之介は辻斬りがなぜ罪なき人を容易に斬り殺せるのか?を考える。

プロファイリングによって周之介のこの問いに答えを見つけるのが、この小説の主眼だ。
ある意味、非常に現代的である。

そして、下手人は人斬りで荒んだ心を忘れるために人を斬っていると判じた周之介は、この人斬りを斬ることで自分の果たすべき道を見つけるのだ。こうして選ばれたもの同士の対決は蒼火が見えるもの同士という設定で象徴的に描かれる。

一方で、この作品は下町人情ものでもある。飴売りや料理屋の女将、隠居した剣士たち、首切り役人などの脇役にも血が通っている。特に公儀介錯人、山田朝右衛門の一門の話など興味深い。公に認められた試し切りなど胸が悪くなるような話だが、作者は偏見に悩まされる山田一門を的確に描写している。

また周ノ介と奉行所による人斬りの探索は密偵の聞き込みによる捜査網と囮捜査が中心で、安易な偶然の要素は入らない。関係者を捕まえて吐かせるという拷問にも走らない。

こうした点でも現代的な時代小説であり、的確な時代考証とともに、松本清張をも思わせる。

とはいえ、人斬りに関わった登場人物たちは次々と凄惨な死に方をしていく。
小説全体に死の臭いが充満しており、ほの暗い雰囲気に満ちている。

一方で、周ノ介の幼なじみの元芸者、市弥の運命を知ったときは意外に感じた。
その件について作者の説明的描写は皆無であるが、読者はそこに救いを見つけるかもしれない。

深川界隈を舞台にした時代小説は少なくないが、これは池波の遺作 『浮沈』 に匹敵するだろう。
------------------------------------------------------------------------------

[あらすじ]

江戸深川で商人を狙った辻斬りが横行する。
下手人は一刀のもと胴体を真っ二つに切り捨てるすさまじい腕だった。

旗本の次男坊で若い頃無茶をしたため勘当された立原周之介はかつて人を斬った悪夢に今でも悩まされている。
一人を斬っただけでこんなに苦しいのに、大量の命を奪い続ける下手人はどのような男なのか?

岡っ引きらの聞き込みから分かったのは、殺されたのは手堅い商売をする中小の商い人たちだった。そして生前に大きな商いがあると言っていた。しかし死体から準備金の200両が消えていたため、残された店は苦境に立ち家族はばらばらになっていた。

非道な犯人の行いと生活に苦しむ遺族の悲惨さを目の当たりにした周之介は犯人を捕縛するとともに、なんとか刀を交えてみたいと渇望する。

それはかつて人を斬った自分の過去と向き合い自分を解放する戦いになるはずだった。

奉行所らの努力で犯人が絞られてきたが、下手人はどこか大名屋敷の者ではないかという。
だとすれば、よほど証拠を固めていかないと、もみ消されてしまう。

周ノ介は自ら商人に化け、囮になることを提案する。


蒼火 (文春文庫)
文藝春秋
北 重人


Amazonアソシエイト by 蒼火 (文春文庫) の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル



ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 2

面白い 面白い

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック