千葉市美術館の田中一村展

千葉市美術館 は地方の美術館の中では気に入っている。

宮島達男 の回顧展など趣味の良い企画に加え、古いビルのフロアをうまく利用した造りが面白い。

最近では YouTUBEで展示の一部を公開している。

ここで開催中なのが 『田中一村 新たなる全貌』 だ。

田中一村といえば “知る人ぞ知る天才画家”という存在から“日本のゴーギャン”という呼び名が定着しつつある。

田中は中年過ぎから死ぬまで奄美で暮らし、死後になって作品が世に認められた。
この点において、確かにタヒチにおけるゴーギャンと似ている。

ところが、『日曜美術館』 で紹介された田中一村の姿は少し想像と違っていた。

芸大出身の田中は技術的には確かなものを持っていたが、美術界の“権威”には認められなかった。

1940年代から公募展(日展、院展 etc.)で落選し続けたことが彼の人生を変えた。

その間に、かつての同級生は審査員になっていた。

早熟の天才といわれた本人にしてみれば、さぞかし屈辱だったろう。

芸大の同級生、東山魁夷がエリートの道を歩んだのと対照的だ。

つまり、田中は中央画壇で認められなかったというコンプレックスからやけくそで“離島画家”になったというのだ。

それほどまでに、権威に認められたかったともいえる。

その後は、権威から解放され独自の作品を生み出したのは周知の事実だ。
そして、彼のイメージは “俗人”から“聖者”へと変わったのである。

田中は確かに“日本のゴーギャン”にふさわしい。

というのも、ゴーギャンが暮らした当時のタヒチは既に西洋文明が席巻していた。
“裸の女神”のような現地人女性はおらず、ゴーギャン絵画のモデルの多くが金で雇われた女性だった。
ゴーギャンも成功を夢見た“俗人”の一人だったのだ。

両者とも画壇の権威とその後の商業主義に踊らされた画家だが、絵の素晴らしさは不滅の価値を持つだろう。






田中一村作品集
日本放送出版協会
田中 一村


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