宸翰(しんかん) 天皇の書

京都国立博物館 で歴代天皇の書の展示が行われている。

宸翰(しんかん) 天皇の書

天皇は貴族の頂点、すなわち文化人としても長らく最高の位置にあった。

天皇の書いたものは、詔勅等時代を経ても残ることが予想され、事実かなりの数が保存されている。

この展示は、「書家 天皇」の姿を伝えるものだ。

書の達人といえば、まず思い浮かぶのは弘法大師こと空海だ。

数百年後の後醍醐天皇の書にも影響を与え、その仏教思想が南朝成立にも影響を与えたという。

そんな空海の書(国宝)が前半に展示されているが、なんと寺で働く人の名簿なのである。

かなり書きなぐった感じで、塗りつぶしの痕も多い。

書いた本人は1000年以上経って、これが公衆の面前に晒されると思っていなかっただろう。

正直、旨いのかさっぱり分からないが、大変に力強い筆の動きなのは認める。

その名簿の筆頭にあるのが最澄の名前であることに気づくと感動を覚えるだろう。

その後、小野道風、聖武天皇(奈良大仏建立)、後白河天皇(平清盛の宿敵)、後鳥羽天皇(隠岐に流された)、後醍醐天皇(有名人)など教科書中の人物の肉筆の書が見られるのは、なにか不思議な気分。

その多くが、国宝か重要文化財だ。

中には、空海・道風などの「書聖」に匹敵するという伏見天皇の特集コーナーもあった。

さて、展示後半に桃山時代 1592年に書かれた「後陽成天皇宸翰消息」がある。

これは大変印象深いもので、チラシの中央にも使われている。

画像


個々の文字もさることながら、フレーズごとの空間配置は考え抜かれている。

書を抽象デザイン芸術とみるなら、究極的な作品となっている。

外国人の心にも訴えるせいか、この書の前で立ち止まる人が多いようだ。

ところが、一見優雅なこの手紙の内容は深刻そのものなのである。

それは、22歳の若き天皇が朝鮮出兵をしようとする太閤 豊臣秀吉に思いとどまらせようというものなのだ。

「この戦は民のためにならないので、思いとどまってください」と丁寧に頼み、最後は「太閤どの」で終わっている。

天皇によるここまで切実な手紙も無視し、秀吉が出兵したのは周知の事実。

象徴天皇になるはるか前から天皇制は形骸化されていたということか。

やはり秀吉一族は滅びるべくして滅びたのであろう。

展示最後には、大正天皇、昭和天皇の書まであるが、これはご愛嬌的作品になっている。

昔の天皇が 12歳でも観賞に耐えられる立派な書を残しているのとは対照的だ。

書が文化人の頂点である天皇にとって大切な教養と見なされたのは、せいぜい明治天皇までだったようだ。

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