相国寺を巡って

同社社大学の隣にある 相国寺 は私のお気に入りの寺である。

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かつて京都五山の上位に置かれた相当格式の高い寺だが、禅寺らしく質実剛健な雰囲気だ。

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観光地でおなじみの金閣寺・銀閣寺は、その塔頭であるがもっと華やか。

一方、臨済宗大本山である相国寺は通りから引っ込んだ場所に位置し、紅葉の季節でも観光客が少ない。

紅葉を売りものとしていないので、この季節の「紅葉名所案内」にも登場しないのだ。

ちなみに、私は相国寺を水上勉の 『雁の寺』 の舞台だと思っていたが、モデルは塔頭の 瑞春院 だそうである。

相国寺には、かつて足利義満が建設した当時最も高い109メートルの仏塔があった。

それどころか、その後500年以上に渡って、「日本史上最も高い建造物」だったそうである。

スカイツリーの高さが今後500年破られないということはないだろうから、この記録の長さは空前絶後だろう。

その高さの記録を破ったのは、なんと20世紀になってしばらくしてからのこと。

愛知県刈谷市にかつて存在した 依佐美送信所 である。

高校卒業まで近所に住んでいた私は、ここが太平洋戦争開戦の電文を送信したと思っていた。

実際、地元民が米軍に接収された施設を見て誇らしげに語るのを覚えていたからだ。

ところが、その後引っ越し住んだ千葉県船橋市の 無線電信所船橋送信所 の跡地に行き驚いた。

"太平洋戦争開戦の「ニイタカヤマノボレ1208」の電文を送信した事で一般に広く知られている" とある。

どちらがほんとなのか?

どちらの送信所の近所にも住んだ私は複雑かつどうでもいい気にさせられる。


戦争や米軍による戦後日本支配の道具にされてしまったが、通信技術は時代の技術の粋を集めたものだった。

技術・人力戦から情報戦に変わっていく中で、日本は太平洋戦争に敗れていく。

あるいは情報で負けると知っていながら適切に活用せず握りつぶし国民を欺いた。

情報の使い方を間違え惨事を招いたともいえるだろう。


話を相国寺に戻す。

スカイツリーを作った我らの時代の技術も立派だ。

しかし、室町時代に札幌や名古屋のテレビ塔と同じ高さの木造建築を築いた先人たちの凄さにはかなうまい。


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