無神論者が祝うクリスマス

日本人には仏教徒が多いだろうが、実のところ無神論者に分類されるのではないだろうか?


盆に帰省し、ハロウィンを楽しみ、クリスマスで盛り上がる。

宗教的タブーが少ないのは悪いことばかりではない。

早い段階での戦後復興や明治維新後の近代化の原動力にもなったろう。


こんなのは日本人だけだと思っていたが、西洋キリスト教社会でも芸術家は同類かもしれない。


三大レクイエム(死者のためのミサ曲)というものがある。

モーツァルト、ヴェルディ、フォーレによって作曲されたものだ。

この三人、さぞかし敬虔なクリスチャンの作曲家と思いきやまるで違うのだ。

モーツァルトはカソリックの司教と仲違いし、当時の新興宗教 フリーメイスン に入った。


モーツァルト : レクイエム&戴冠ミサ
ダブリューイーエー・ジャパン
1997-05-25
ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by モーツァルト : レクイエム&戴冠ミサ の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル




ヴェルディの無神論ぶりは有名で、名作オペラ『オテロ』では神を散々罵るセリフが出てくる。


清廉でいかにもクリスチャン風なフォーレの実態は違ったそうで、死後の世界を信じない実存主義者だったらしい。

キリスト教の信仰心の強い者を愚鈍として哀れんでいたほどだった。

レクイエム作曲の動機も、葬式のたびにオルガンを弾かされてうんざりしていたため、他のことをやりたくなったからだという。

(ドゥマルシェによるレクイエムの解説より)

なにかイメージが壊れる話だが、現実のアーティストとはそんなものかもしれない。


Requiem
Warner Classics
2011-09-12
G. Faure

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by Requiem の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル




芸術的衝動を宗教心が後押しすることがあっても、邪魔になれば割り切って決別する。

自己中心的(他人に迷惑をかけるという意味でなく)でなければ、後世に残る作品など残せないのである。

おそらく、仏教やハロウィンからインスピレーションを受ければ平気で作曲しただろう。

事実「東洋ブーム」だった19世紀後半のヨーロッパではアジア風音階や響きも使われていた。

(例として、マーラー「大地の歌」やドビュッシーなど)


もともと芸術は娯楽であり祭の道具なのだ。

カソリックの数々のミサ(葬式・結婚式 etc.)もある種の祭であろう。

日本のような無神論者の多い快楽主義の国民性にはクリスマスもハロウィンも同じだ。

おかげで、楽しいイベント=祭としてさまざまな芸術に触れることができるのだ。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 3

なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック