「商業捕鯨」は名前を換えろ

2019年、日本政府は 国際捕鯨員会 (IWC) を脱退した。

7月1日には各地で商業捕鯨を再開している。


私の基本的な感じ方は以前書いた 記事 と特に変わっていない。

捕鯨は各地に残る廃れた地方文化の一種。

現在のハイテク技術は海外から持ち込まれたもので「日本の伝統」ではない。

(日本の伝統なら手投げの銛で立ち向かったらどうか?)


食文化も相変わらず竜田揚げとハリハリ鍋程度?

他の食材で代用できそうな調理法だ。

ジンギスカン鍋における羊肉とはわけが違う。


私は冷めた目で見ているが、この件になると感情的な議論が巻き起こる。

「日本人は野蛮!」 「肉食人種に言われたくない!」というやつだ。

クジラ肉など食べたことない世代の日本人までが後者のようなことを言う。

私もときどき巻き込まれて迷惑している。


IWC の定義によると、イルカを除く捕鯨は以下の3つに分類される。

・原住民生存捕鯨 - IWCの特別許可による
・調査捕鯨 - 締約国の特別許可による
・商業捕鯨 - 明確な定義は無いが、上記以外

「商業捕鯨」が随分とおおざっぱではないか?

日本の漁業枠は「調査時代」と大して変わっていないし、頭数では減少した。

これは「調査」でないので漁が日本近海に限られるためだ。


NHK の特集では、あのイルカ追い込み漁の太地町ですら捕鯨船は一隻残るのみ。

「くじらの町」ですらそうなのだから、もはやイヌイット並ではないか?

「原住民生存捕鯨」に近いと思われる。

実際、他の職業選択もあったのに意地のように先祖伝来の仕事を続ける現漁民はそれに近い。


IWC でこの枠を狙うか、「商業捕鯨」という言葉を換えてもらってはどうか?

大船団で南氷洋に繰り出し世界のクジラを食べつくしそうだった1950年代とは実態が違う。

いまや、「零細捕鯨」といっていい規模のささやかな産業なのだ。


番組ゲストによると、今後のクジラ肉の供給量はアワビやイセエビくらいらしい。

だったら、西洋人にぐうの音も出ない美味なクジラ料理を考えていただきたい。


西洋人が想像する一般的日本人イメージが日本人が想像するところの「血の滴るイヌ肉を貪り食う中国人」のようになるのは迷惑以外何ものでもない。

ついでに、捕鯨の件で秋刀魚をバク獲りする台湾・中国に対する発言力が弱まったら、これも迷惑である。

漁業は国際政治の道具であることにも留意すべきだろう。


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