歌舞伎座で『元禄忠臣蔵』

改修のためしばらく休む 歌舞伎座 では、「さよなら公演」 と銘打って『忠臣蔵』を上演中だ。

正直「またかよ」という感じだが、今回の上演が『仮名手本忠臣蔵』 ではなく『元禄忠臣蔵』であることに注意する必要がある。『仮名手本』は18世紀半ばに書かれたため、時の江戸幕府を刺激しないように、全ての登場人物は偽名だ。大石内蔵助が大星由良之助、浅野内匠頭が塩冶判官、吉良上野介が高師直となるのはそのせいだ。

これに対し、『元禄』の作者は小説家で詩人の真山青果で 20世紀の人だ。演出は作者の娘でプロレタリア演劇風のものも制作した真山美保だが、最近まで存命だったので完全に現代の作品といって良いだろう。

したがって『元禄』において、討ち入りを無条件で讃える市民の願望実現はない。大石の台詞によると、「庶民はお上(江戸幕府)への不満の捌け口として、無責任に赤穂浪士の討ち入りを熱望している」というのだ。

ともあれ、大石内蔵助の苦難と魅力的な脇役にスポットを当てた秀逸な舞台だった。
ただ、内蔵助を演じた三人の中で最も私好みの仁左衛門だけが観られなかったのは残念。

『最後の大評定』
赤穂城開城直前の議論が目玉という一幕で、合間に大石の旧友、徳兵衛親子の苦悩が描かれる。討ち入りを望む志士たちに大石の語る「血気にはやるのは勇気があるようでいて、決してそうではない」、「世間の目に晒されながら、普通に生きていくことこそ勇気がいる」という意味の言葉が重い。さらに大石は「体面に縛られた武士ほどつまらないものはない」と断じるのだ。人間描写は江戸時代の『仮名手本』に比べて格段に深くなっている。

実はこの舞台、大石りくを演じる中村魁春目当てで行ったが、内蔵助と並んで事実上の主役は井関徳兵衛を演じる歌六であろう。この人は内蔵助を演じた幸四郎に負けず芸格が高い。おまけに声優のような低音の美声である。討ち入りを許されず絶望して親子で自害するのだが、演劇的に派手な死に方をするわけではない。しかしその死を見届けた大石は討ち入りを決意し静かに舞台から去って行くのだった。上演に二時間近い内容てんこ盛りな一幕。

『南部坂雪の別れ』
忠臣蔵映画でよく取り上げられる素材で、ようやく討ち入りの意志を固めた団十郎演じる内蔵助が浅野内匠頭の未亡人に報告しに行く話。しかし文学的な台詞が多く、なんだかすっきりしない面もある。羽倉斎宮という人物が大石の意図を探ろうとあれこれ言うのだが、この人のキャラクタが結構複雑で、良い人なのだか嫌なやつなのだか今もって図りがたい。羽倉を演じた片岡我冨は当代、片岡仁左衛門の長兄であり、花のある役者だ。堂々とした体躯とかん高いとさえ感じる張りのある声からは 70代半ばとは思えない。同志社大学工学部出身の“理系歌舞伎役者”というのも珍しい。「松嶋屋!」の声もひときわ高かった。もちろん璋泉院を演じた人間国宝、中村芝翫も忘れてはいけない。芸の格調高さは当代の女形の生きた手本ともいえよう。

ところで両幕で登場する東蔵は好きな役者で、とぼけた味わいが何ともいえない。
分かっている人は分かっているようで、「加賀屋!」の声が響く。

両幕とも舞台を暗くしスポットライトを使用した現代的な演出だった。BGM にお囃子を一切使わず効果音のみで、両幕ともラストは内蔵助が電子音のような無機的な音に乗って花道から消えていくのである。

歌舞伎座の「さよなら公演」はこれからも続く。

4月は玉三郎が政岡を演じる『加羅先代萩』だ。


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