『NHKスペシャル 写楽・天才絵師の正体を追う』

謎の多い江戸時代の浮世絵師、写楽は誰だったのか?
その正体に迫ったNHKの特集がおもしろかった。

2008年にギリシャで写楽の署名がある肉筆画が発見された。

-写楽の版画と細かい点でタッチが同じ。
-贋作にしては場面選びが不自然。

とのことで、写楽の初めての肉筆画と認定された。

さて、その写楽とは誰だったのか?

過去には数多くの仮説が出ている。
有力なのは、次の3つだ。

1) 佐賀藩の能役者、斉藤十郎兵衛という説。

2) 他の有名絵師説。
歌麿、円山応挙、谷文兆説まである。
北斎は名前を頻繁に変えたので有力とされた。

3) 版元の蔦屋説。
写楽の版画は蔦屋からしか出ていないのが当時としては異例だから。

ギリシャの肉筆画の線を分析し、過去の絵師の肉筆画と比較するのが有効という。
-写楽の線は、ごつごつしている。
-流れるような北斎とは違う。
-美人画の歌麿は長い線を一気に引くので違う。
-応挙の柔らかな線とも違う。

結局どの「候補」とも違うということで、他の有名絵師ではないという。
2) は否定された。

ギリシャで発見されたのと同じタッチの肉筆画が三重に存在していた。
二作目の写楽と認定されたこの絵が描かれたとき、蔦屋は死んでいた。
3) は否定された。

以上から、消去法で、1)「写楽=斉藤十郎兵衛」ということになった。
斉藤が写楽として活動したのは32歳のときだったという。

なぜ、写楽という偽名を名のったかだが、能役者という「武士」が副業を禁じられていたからという。

しかし、もう少し斉藤説を支持する有力な証拠はないものか?

文献によると、斉藤の近所に蔦屋と懇意の学者がいたそうだ。
その関係で素人絵師の斉藤は蔦屋に紹介されたのではないかという。

さらに、「さいとうじゅうろべい」のアナグラムで「とうしゅうさい」になるという!
これは、ミステリーぽいしゃれた発見ではないか。

では、写楽(=斉藤?)は、なぜ活動期間10ヶ月で消えたのか?

女形でもなよなよとではなく骨太に描いたため、写楽は一部役者に嫌われた、と記録にある。
当時としては、革新的な構図も理解されなかった。

蔦屋は薄利多売路線に転じ、途中から紙の品質を落とし、ポーズに注文を出した。
写楽の版画は、ただの「売れ線の役者絵」になっていったのである。

結局、写楽は商業主義の犠牲となって、嫌気がさしたと推察される。

なんだか、現代でもよくある話である。

この番組、よくある適当な両論併記で終わるかと思いきや、きっちり結論を出してくれてすっきりした。

過去に写楽を扱った書物は数多い。

小説でお気に入りは、 高橋克彦の『写楽殺人事件』 だが、その価値が減じるものではないだろう。


写楽殺人事件 (講談社文庫)
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